明細書の明確性と完全性の判断基準

リリース日:2025-12-25

出典:未知

要約:明細書が発明の全体に対して明確に記載したか否かの判断は、当業者が明細書を読んでその発明を理解し、且つその発明を実現できることを基準とし、明細書が不明確であって且つ誤記があるか否かを判断基準としてはいけない。さらに、不明確で且つ誤記の箇所の多少又は厳重性を判断基準としてはいけない。当業者が明細書全体を読んで、その誤記を認識でき、明細書における不明確なところの技術的意味を理解すると同時に、本願発明の技術案を再現する際に、自ら理解でき、その誤記を訂正してその技術案を再現できると、その明細書が発明全体に対して明確に記載したと判断すべきである。 

中国特許法第26条第3号の規定によれば、明細書は、発明特許又は実用新案に対して、当業者が実現できることを基準とした、明確で且つ完全な説明を行わなければならない。

明細書の明確性及び完全性の認定において、上記の法的根拠があるにもかかわらず、実務において、主観的な判断の影響を受け、明細書の明確性及び完全性をどう判断するか、誤記及び不明確な内容が、明細書の明確性及び完全性にどのような影響を与えるかについて、従来から議論の焦点となっている。
本稿は、具体的な事例を通じて、この点について、筆者の考えを述べたいと思う。

一.事例の概要
発明の名称:ロータリードビー及びこのドビーを備えた織機
出願日:1997年12月30日
優先日:1996年12月31日
授権日:2000年10月11日
特許番号:97123475.2
特許権者:シユトブリー・フアベルゲ

上記特許に対し、常熟紡織社は、明細書が中国特許法第26条第3号の規定を満たさなく、クレーム1~5は特許法第26条第4号を満たさないとの無効理由で、復審委員会に特許の全部無効審判を請求した。

復審委員会は、審理を経て、特許が有効であるとの審決を下した。無効請求人はその審決に不服して北京市第一中級裁判所に行政訴訟を提起したが、同裁判所では復審委員会の審決を維持する判決を下した。無効請求人は、一審判決に不服して、北京市高級裁判所に上訴した。北京市高級裁判所は、一審判決を取消し、復審委員会に無効請求に対し再度審判を行うように判決を言渡した。特許権者は、二審判決に不服し、最高裁判所に再審を申請した。

最高裁判所は、合議体を組んで審理を行なった結果、下記の判決を下した。無効請求人は、対象特許の明細書に(a)~(e)の5箇所の不明確な箇所が存在し、これを根拠に対象特許の明細書は本願発明に対して明確かつ完全な説明を行っておらず、当業者が本願発明を実現することができないことを理由に、特許法第26条第3号の規定を満たさないと主張した。その上、無効請求人は、当業者にとって対象特許の明細書の記載から、対象特許の特許請求の範囲が保護しようとする技術案を得ることができず、対象特許のクレーム1~5は特許法第26条第4号の規定を満たさないと主張した。

1.(a)に関して
対象特許の明細書の第5頁第7行に、「弾性手段10は持続的につめ部8aに作用し、連結部材8から主軸1の方向に緩くなるようにする」と記載されている。無効請求人は、当業者が「緩くなる」との言葉の意味が理解できないと主張した。

これに対し、合議体は「緩くなる」と言う言葉自体の意味がはっきりしないものの、当業者が対象特許の明細書の文言記載と図1から、技術案を明確且つ完全に理解することができると判断した。

2.(b)に関して
対象特許の明細書の第5頁第14~15行に、「タペット16はフランジ16’に取り付けられ、フランジ16’はスピンドル12の一つの旋回アームにより往復で駆動される」と記載されている。無効請求人は、この内容は、後述の「一つの旋回アーム11が読取装置16の作用により…反対方向に運動している」、「駆動素子がタペット16が印加する圧力をそれに対応した右側の旋回アーム11の駆動棒部15に伝えるのであれば」との内容に矛盾していると主張した。

それに対し、合議体は以下の分析を行なった。対象特許の明細書の第5頁第14~15行に、「タペット16はフランジ16’に取り付けられ、フランジ16’はスピンドル12の一つの旋回アーム11により往復で駆動される」と記載され、更にその後「例えば図示していないカム機構により動かされる」との記載もあった。図1から分かるように、上述の技術案の中の「旋回アーム11」はヒンジ式旋回アーム11でなく、スピンドル12に取り付けられた、フランジ16’と一体で形成された旋回アームである。「旋回アーム11」の中の「11」は明らかな誤記である。当業者は対象特許の明細書の第5頁第9~12行を読むことで、旋回アーム11の位置や、構造についてある程度理解でき、それを踏まえて、明細書の第6頁の第3段落を読み、同時に図1も合わせて参考すれば、フランジ16’と旋回アーム11の位置と相互関係が分かる。したがって、対象特許の明細書に誤記があるものの、当業者は明細書の前後の内容を比較した上、図面を参考すれば、確実にこの誤記を認定でき、その上それを訂正することができる。

3.(c)に関して
対象特許の明細書の第6頁第4~7行に、「読取装置にタペット16がない場合、プレート1は停止する際に捕捉部17に向かうようになり、弾性手段13の駆動によりこ捕捉部は表面19と相互作用する。表面19はプレート12に緩衝なく停止させる効果を持ち、偏心歯車2及びコネクティングロッド4と相互作用する」との記載があった。無効請求人は「読取装置にタペット16がない」との表現は、誤解のある表現であり、当業者は上述記載を理解できず、対象特許の織機は「タペットがない」場合は、その中のヘルド枠を操作できないと主張した。

それに対し、合議体は下記の判断をした。明細書の「タペットがない」との記載は不明確なと記載であるものの、当業者が対象特許の明細書の前後の文脈や図面等を参考すれば、「タペットがない」とは「タペットが作用していない」との意味であるとはっきり理解することできる。

4.(d)に関して
対象特許の明細書の第7頁第10~13行に「必要がなければ、図3の右側の旋回アーム11の上にある捕捉部17が凹面19と離脱させ、タペット16は制御素子16”の作用により図3の左側の旋回アーム11に傾斜し、それはタペット16の作動範囲を超えているため、タペット16と図3の左側の旋回アーム11の間に衝撃がなく、騒音が生じない」との記述がある。無効請求人は、図3に示された技術内容は上記の記述と明らかに異なり、その矛盾により当業者が本願発明を理解することができないと主張した。

それに対し、合議体は下記の判断をした。対象特許の明細書の第7頁第2段落に「図1に」、第5段落には「図3の中」との記述があったが、中国語の通常の文法から分析すれば、第2、3、4段落は図1について説明したと解釈することが通常の理解だと思われる。一方、具体的な内容から見れば、第7頁の第2、3段落の内容は捕捉部17と凹面19が離脱または契合する時のタペット16の作動原理であり、この2段落は明らかに図1に示された技術内容に対する説明だと思われる。その上、図1と図3の違いは、プレートが180°旋回したことだけであり、図3と図1の中で旋回アーム11の位置が同じであるため、当業者が「図3の左側または右側」という位置関係を表す言葉が旋回アームに使われただけでこの2段落の文言が図3に対する説明だと誤解してはいけない。したがって、対象特許の明細書は、図面番号の誤記があるものの、当業者が説明書の前後の文脈と図面を参考すれば、この誤記をはっきり認識でき、本願発明を理解することができる。

5.(e)に関して
対象特許の明細書は第7-8頁に下記の記載があった。「プレート3の図3における位置は、それが図1の状態から180°回転した後の状態であり、この位置において、図3の右側にある旋回アーム11は三角方向にそってスピンドル12を中心に外に向かい運動するように駆動されるため、タペット16の作用の範囲を超えている。上記通り、図3の左側の旋回アーム11に作用する必要がなければ、タペット16は図3右側にある旋回アーム11に傾斜し、タペットが取り付けられたフランジ16’はそれに往復式で、またはハンマー式で運動させるようにし、この運動により旋回アーム11の中の一つが駆動素子と接触するようになる」。無効請求人は、当業者が上記技術案の内容を理解することができないと主張した。

それに対し合議体は、当業者は明細書の記載と図3から上記技術案の技術的意味を明確に理解することができると判断した。

上記内容を踏まえて、合議体は、対象特許の明細書は発明全体に対して明確、且つ完全な説明を行っており、明細書が公開した内容から対象特許が保護したい技術案を得ることができ、特許法第26条第4号の規定を満たしていると判断した。

二.事例の分析
最高裁判所の判決を踏まえ、無効請求人の指摘した(a)~(e)の5箇所について分析する。

(a)、(c)、(e)は、その記載が不明確である問題に属する。(a)については、明細書で不明確な文言である「緩くなる」を使用し、(c)は不明確な表現である「タペットがない時」を使用し、(e)も不明確な表現が存在している。

最高裁判所の判決方針によれば、明細書で不明確な文言や表現があるものの、当業者が明細書のほかの部分の記載と図面を参考して、当該不明確な文言や表現の意味を的確に理解し、技術案を明確且つ完全に理解することができれば、明細書の明確性及び完全性は、当該不明確な文言や表現から影響を受けない。

一方、(b)、(d)は誤記に関するものである。(b)は、図面番号が間違っており、「旋回アーム11」の番号とその後の別の旋回アーム11の番号とを混同した。(d)については、間違っている図面を使用し、即ち、図1を図3に誤記した。明細書に記載されている誤記によって、文言通りに理解すれば不明確との問題が生じる。しかしながら、当業者が明細書のほかの部分の記載と図面を参考すれば、自然にその誤記に気づき、それを訂正することができ、またその技術的意味も理解できるため、明細書の明確性と完全性はその誤記ら影響を受けない。

上記内容で分かるように、明細書の内容の明確性と完全性を判断することにあたり、当業者が技術案を理解し、それを実現できるか否かを判断基準とすべきであり、明細書に不明確な箇所や誤記があるか否かを判断してはいけない。更に、不明確な箇所や誤記の数や、誤記の厳重さから判断しけていけない。

当業者が明細書の内容を読んで、不明確な箇所の技術的意味を理解でき、その誤記に気づき、発明を再現する際に自ら理解し訂正した上で発明の技術案を再現することができれば、明細書が明確且つ完全であると判断できる。

三.今後の実務について
本事例は最終的に明細書が明確且つ完全であると判定されたが、無効審判の段階及びその後審決取消訴訟段階(異なる裁判所)でそれぞれ異なる判決を下さった。これは、権利者にとって、時間的、人力的に非常に重い代価を与えた。

明細書が明確且つ完全であるか否かの判断で、最終的には明細書の全体記載及び図面から判断するものの、明細書に誤記や不明確な記載がある場合、本件のような長い訴訟の道を歩むとのリスクが存在する。従いまして、今後の実務において、明細書や図面に不明確な箇所や誤記がないことを極力に避けるべきだと思われる。 

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